銀嶺幼稚園について

銀嶺幼稚園のおいたち

  • 1956年(昭和31年)4月に神奈川県公認幼稚園として現在地に誕生しました。
  • 50年余の教諭生活を体験し、あららぎ、常春の同人でもあった故尾﨑ミツが、「幼児教育こそ教育の原点である」と考え、私財を投じて創立しました。
  • 尾﨑ミツ自身が、昭和37年5月5日に永眠するまで実践してきた「生きている限り個性的、創造的でありたいと努力する人間」の根っこの育成を、建学の銘としています。
  • 銀嶺という名称は、創立当時園庭から西方に、富士の嶺が眺望できたことから、その雄大さ、美しさ、気高さを表徴し創立者が命名したものです。又園章は創立者の長男故利夫が、マスコットバッチは弟の春人がデザインしました。
  • 昭和37年4月以後、幼稚圏の設置者を個人から法人に改め、学校法人立の幼稚園として運営されています。
  • 1965年より障害児の保育を始め、70年よりオープンエデュケーションの実践、同時にモンテッソーリやシュタイナーの教育哲学や実践に着目し、その視察・研修を繰返し、1989(平成1)年度よりモンテッソーリ教育を導入しました。
  • 1992年より、北イタリアのレッジョ・エミリアの幼児教育の視察、アメリカにおけるその導入のための研究に参加し、そのユニ一クな哲学、方法をモンテッソーリ教育に生かすための努力を続けています。
  • 昭和34年当時の全園児と教職員
    昭和34年当時の全園児と教職員(最後列左より二人目が創立者故尾﨑ミツ)


  • 昭和46年に完成した本園舎に、昭和63年度に増築された平成園舎を加え、園舎床面積1,043㎡、運動場面積860㎡、教職員数18人の中規模幼稚園です。尚、2007年(平成19 年)8月に本園舎は耐震補強工事を完了しており、2011年(平成23年)3月の東日本大霙災発生以後も事無きを得ています。

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