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ゆきわり草7-8月号

2022.6.30 園長 永井 洋一


「夏」をイメージするクラシックの楽曲の一つにヘンデルの「水上の音楽」があります。英国王ジョージ1世(1660~1727)がテムズ川に船を浮かべて夜を楽しむ催しに向けて作曲されたものとされています。水上のパーティーに相応しい明るく華やかな曲調をジョージ1世はいたく気に入り、全編一時間となるこの曲を一夜で3回もアンコール演奏させたそうです。

「水上の音楽」には、いろいろなエピソードがあります。ヘンデルはドイツ出身ですが、イギリスに長期滞在して再三にわたる帰国の指示に従っていませんでした。ある時、その帰国指示を出していた王がイギリス王として迎え入れられることになりました。指示に背いていた王と滞在先で対面することになったヘンデルは、それまでの無礼を詫びるために王の水上パーティーに合わせてこの曲を贈った、という説が長らく信じられていました。

ところが近年ではまったく別の説が有力視されています。ドイツ出身の王がイギリスに迎え入れられる話がまとまりそうになったため、王が異国の地に出向いても戸惑わぬよう、既に現地に滞在していたヘンデルが音楽活動の合間にイギリス王室のあれこれを母国に伝える役割を果たしていたというのです。ジョージ1世にとってヘンデルは渡英をサポートしてくれた信頼できる僕であり、就任後の水上パーティーの作曲者を選別する時は迷うことなくヘンデルを指名した、というのです。

 いずれにせよ、「水上の音楽」はテムズ川に浮かべた船上で楽団に新曲を演奏させるというジョージ1世のわがままな要求ゆえに誕生し、300年ほどたった今もヘンデルの名曲の一つとして親しまれています。

 そのジョージ1世ですが、ドイツから迎えられて英語が流暢ではなかったことなどから、あまりイギリス国民には人気がなかったようです。言葉の問題だけでなく、絶世の美女とされていた王女ゾフィーとは仲良くせず、結婚前から寵愛していた自身の母の侍女シューレンブルク夫人との関係を結婚後も続けていたことも、国民の反感を買う要素の一つでした。

自分より「見た目」が遥かに劣る愛人が結婚後も夫に寵愛されていることに憤慨したゾフィー妃は、スウェーデン貴族のケーニッヒスマルク伯爵と不倫関係になり、それはやがて公然の秘密になります。ところがケーニッヒスマルク伯爵はほどなく何者かに暗殺されてしまいます(当然のことながらジョージ1世の指示と信じられています)。

美女とされるお妃とは仲良くせず、結婚前から親密だった国民に不人気な愛人との関係をいつまでも解消しない…王に愛されなかったお妃は外国の要人と不倫関係になる…このジョージ1世周辺のスキャンダルは、なんだかダイアナ妃とチャールズ皇太子、カミラ夫人にまつわる話とよく似ていますね。歴史は繰り返すのでしょうか。

ともあれ、そんな愛憎劇のあれこれの最中に「水上の音楽」は献上されました。晴れやかで軽快で、まるで夜空に打ち上がる花火のようなイメージさえあるこの曲を、生涯、本当の愛を感じることのなかった王妃ゾフィーは夕闇に浮かぶテムズ川の船上でどんな気持ちで聞いたのでしょうか。

ダイアナ妃はティナ・ターナーの「The Best」という曲がお気に入りだったそうです。「この世の何よりもあなたこそが最高の存在」と、車の中でよく歌っていたとウイリアム王子が語っています。車の中で熱唱していたダイアナ妃がイメージしていた「あなた」は誰だったのでしょうね。


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